2008年1月 2日 (水)

八ヶ岳<4日目>2008/01/02

いよいよ下山日。またしても下山日に天気が回復傾向に・・・。
天気が良いので冷え込んでいて、凍ってごわごわになったテントを撤収するのには苦労した。凍りついたポールをこすって折りたたみ、ごわごわのテントを揉んだりたたいたりして、コンパクトにする。
アイスキャンデーをバックに記念写真を撮影して、下山開始。食料が減って荷物が軽くなっているのでとっても楽だった!
下るにつれてどんどん天気が良くなり、暖かくなってくる。なんだか名残惜しい。
また近いうちに登りに来たいと思った。今度は稜線まで登りたいなぁ・・・。

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2008年1月 1日 (火)

八ヶ岳<3日目>2008/01/01

朝起きてみると前日よりはましな天候のようだったが、やはり荒れ模様。今日は登攀組には入れなかったので、雪上訓練と弱層テスト、アイスクライミングなどの予定。
中山尾根を登る登攀組3人(Aコーチ、Yコーチ、中級同期Kさん)を見送ってゆっくりと行者小屋の方面に向かって移動。途中で道端の雪で円柱を切り出して弱層テストをする。見事な弱層がいくつも見つかった。Iコーチからはシャベルコンプレッションテストを教えてもらう。
その後、雪崩の起きそうな小さくて短い斜面で、確保を取った上で登って行き、衝撃を起こして雪崩が起きるかどうかの実験をした。大分衝撃を与えたが雪崩は起きなかった。
次にその斜面で雪を踏み固めて滑落停止練習。前転して止まる練習もした。目が回った。
いろいろ訓練を終えて一旦赤岳鉱泉に戻り、少し休んだ後アイスクライミングをしにジョウゴ沢へと向かった。
ジョウゴ沢のF1でトップロープの支点を作っていると、上の方の滝でけが人が出たということだったので、何人かで手伝いに行き、搬出を手伝った。小屋までは予想していたよりも早く到着出来た。あとは本職の救助隊の方々が林道まで搬送するということだったので、装備を解いて、小屋で休憩をした。

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2007年12月31日 (月)

八ヶ岳<2日目>2007/12/31

夜中はだいぶん雪が降ったようだった。朝起きても荒れ模様で、稜線では吹雪いているのではないかということだった。
赤岳主稜の登攀には2パーティで入るのかと思っていたら、1パーティ3人のみで、メンバーに私は入っていなかった。残りのメンバーは歩いて文三郎尾根から赤岳に登る。がっくりしながら、歩きで登る準備をしていたら、登攀組のリーダーAコーチが、「行く?」と声を掛けて下さった!「行きます!」と即答!登攀するなら、ダウンの上下を着る必要があるということだったので、大急ぎでダウンのズボンを履き、靴を履き直した。

行者小屋へ
準備が整い4人で行者小屋目指して出発。薄暗い中黙々と歩き、明るくなる頃に行者小屋到着。トイレを済ませてハーネス、アイゼンを装着する。小屋の辺りでも風がずいぶん吹いていて、赤岳方面を見るとまったく何も見えない。ここでテントを張っていたパーティも赤岳主稜を予定していたそうだが、今日は中止するらしい。Aコーチも、「こんな悪天候なら、もしかすると登れないかもしれないが、とりあえず少し行ってみてから判断する」と言うことだった。

文三郎尾根
いよいよ出発。緊張しながら着いていく。どんどん登り、森林限界を超えると、風が強まり、視界がどんどん悪くなった。ダウンの上下を着て歩いているのに、ちっとも暖かくない。少し立ち止まると、たちまち体が凍りつくようだ。手袋も3重にしているのに、バイルを持つ手の指先がしびれてくる・・・。意識してバイルを持ち替え、指を動かし続ける。ほっぺたもビリビリするので、誰も見ていないのをいいことに、百面相をして凍傷予防に努めた。時々よろめきそうになるぐらい風にあおられた。が、不思議に恐怖感は無かった。
視界が5m程しか無い中、Aコーチは取り付き点を探すため、時々立ち止まってあたりを見回していた。もうすぐ阿弥陀岳への分岐に近い?と思われる地点で、「このぐらいの風なら行く。ここから入るぞ!」と告げられ、取り付きへのトラバースが始まった。雪を被った急斜面のトラバースは、雪崩の危険があるので10mずつ間隔をあけていく。急斜面なのと雪崩の恐れというダブルの恐怖で私はあまりスピードが上がらない。後ろから追いつかれないよう、必死に進んだ。

赤岳主稜
先頭のAコーチ、中級同期のKさんに少し遅れて取り付きに到着。急いで自己ビレイを取り、ザックからザイルを取り出す。全ての作業をオーバー手袋でやるので、何もかもがままならない・・・!寒さで硬くなっているザイルを凍ってごわごわになっている手袋でハーネスに結ぶのは本当に大変だった。
吹き晒しの取り付きに着いてわずか数分で目出帽はばりばりに凍りつき、眉毛もまつ毛も凍りつく。いよいよ目が開けていられなくなったので、あわててゴーグル装着!これでだいぶましになった。
KさんのビレイでAコーチが登り始めた。寒さにあまり弱くないはずのKさんが、ものすごく震えている。見ると眼鏡は凍りついて真っ白となり、顔には氷が張っている!どうしたらいいのか分からず、とりあえず肩の辺りをさすることしか出来なかった。少し離れるとコールが全く聞こえないので、ザイルの出具合でトップの動きを判断。いよいよKさんが登り始め、少しあけて私も登りだす。出だしのチョックストーンを力ずくで乗り越えると、後は登りやすい凹角だった。右上して、右にトラバース。風が少しよけられる岩陰が1P終了点だった。
ここでKさんはもう1枚着込み、寒さが大分ましになったようだった。よかった・・・。私の方は、引っ張ってきたバックロープを確保器にセットし、Iコーチのビレイに入る。寒さと、オーバー手袋作業ということと、アイゼンを付けてバイルを持っているという違いはあるものの、作業の流れは普通の岩登りと同じなので、だんだん落ち着くことが出来た。
次のピッチも出だしが核心。Aコーチの登り方を見ておいて、真似をしてみたが、真似しきれず、かなり怪しい登り方になった。その後は、岩が出ているところは何とかなるのだが、雪が大量に積もっている場所では、スタンスが崩れまくり苦労した。傾斜の落ちた斜面を慎重に歩きやっとの思いで2P終了点へ。ここは吹きさらしの場所だった。天候はどちらかというと悪くなる一方だったし、私が登るスピードも遅かったので、これ以上は無理、ということになり、ここで打ち切って懸垂下降で降りることになった。
ここの支点は、あまり丈夫そうではない木の枝だったので、「支点に負担を掛けないように降りよう」と思っていたのだが、右に曲がるラインだったので、少し振られてしまい、かなり支点に負担を与えてしまった。もっと懸垂下降の練習をしなければ・・・と反省。1Pめの終了点からは、登ってきたのとは違うラインを下降。取り付きの右斜め下あたりに降りた。ロープを片付け、先程の急斜面をトラバースして登山道に戻った。

再び文三郎尾根~行者小屋
ここからはどんどん下降していく。こんな悪天候の中でも、下から登ってくる人と時々すれ違った。
やっと木の生えているところまで降りてくると、風がゆるみ、暖かく感じられほっとする。Aコーチから飴をいただいてなめながら立ち休憩。
さらに下って、行者小屋に戻りアイゼンを外してトイレに寄り、コーヒーをいただいて装備を整理した。ここで無線連絡をとると、歩いて赤岳に上ったメンバーが無事登り、展望荘で休憩を取っているということだった。

赤岳鉱泉までの下り気味の道を一気にあるいて、あっという間に到着。装備を片付けていると、すぐに他のメンバーも戻ってきた。

後でトイレに行った時に鏡を見たら、ひげのような形に凍傷になっていた・・・もっとましな形になってくれたらよかったのにぃー。T校長に聞いてみると、この程度の凍傷なら、2~3週間で治るということだった。
夜は19:00頃から赤岳鉱泉の小屋でビンゴ大会があり、参加した。ビンゴカード2枚を1,000円で購入。「あったか靴下」と「ノースフェースのペンライト」が当たり、大満足だった。

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2007年12月30日 (日)

八ヶ岳<1日目>2007/12/30

前夜20:00頃に新大阪を出発した。交代で運転して0:00には駒ヶ根SA前を通過。0:25~35諏訪SAで休憩して、1:15頃に美濃戸口に到着。小屋の2階の仮眠室(1人2,000円で寝袋・布団・暖房付!)で仮眠を取った。仮眠室はすでに人で一杯だったので、隙間になんとかもぐり込んだが、トイレに行く人に30分毎に踏まれて、なかなか安眠できなかった。
朝8:00頃までごろごろしてから、1階に降りて身支度開始。今日は赤岳鉱泉までいくだけなのでのんびりして10:20頃に出発した。
荷物が重いので、ゆっくりゆっくり歩く。美濃戸山荘には12:05頃に到着して休憩。小屋の前では薪ストーブに大鍋がかけられており、その中で暖めた瓶入り牛乳(200円)を売っていた。しばらく我慢していたが、耐え切れずに購入!2007123001

長めの休憩の後ふたたび歩きだす。林道をしばらく歩き、ショートカットの登山道に入り、再び林道に出て歩く。林道はうっすらと雪が積もっているが、その下は氷が張っていて、滑りやすいので慎重に歩いた。途中で、転倒して怪我をした人が車で搬出されていくのとすれ違ったので、さらに慎重に歩いた。
だいぶ経って林道終点に到着。橋を渡って、登山道へ。沢沿いの道ゆっくりと登り続ける。だんだん気温が下がっていくのが感じられた。だいぶん谷が狭くなり、もうそろそろ赤岳鉱泉小屋も近い感じになってきたところで、先に上っていたAコーチが迎えに来てくれていた!あと20分で小屋に着くということなので、続けて歩く。やがて前方の木の間からテントがちらっと見え、更に進むとアイスキャンデーが見え、小屋も見えた。(記録を忘れたが、16:00は過ぎていた)
テント場では既に先発隊が、整地もしていてくれて、テントを設営するだけになっていた。(ありがとうございます!)やや風があるので、テントの4隅をピッケルで仮固定してから、竹ペグで固定。雪が乾いていてなかなか固まらないので、竹ペグを埋めた上から何度も飛び跳ねて固めた。
テント設営後はテント毎に分かれて夕飯の支度。水は小屋でもらえたので、汲みにいった。テントの前で気温を測っている人がいて、「-13度」と言っているのを小耳にはさむ。まだ夕方なのに、結構低温!夜中はいったい何度になるのか心配になった。
テントに戻って夕飯作りに参加する。今回はSさんが全ての食担を引き受けて下さったので、鍋を持つ係に徹した。夕飯はぶりの粕汁で、ものすごく美味しかった!お腹一杯で動けなくなるほど食べた。明日の行動開始が5:00ということなので、20:00頃には就寝。
夜中の冷え込みを警戒して、厚手のダウンを着て眠ったが、雪が降って気温が下がらなかったので、暑かった。

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2007年12月24日 (月)

富士山<3日目>2007/12/24

2007122401
スバルライン全長16km

いよいよ下山する日になった。下山する日に限ってものすごくいい御天気!
予定していた吉田口から降りるためには、雪崩の危険が高いトラバース道を歩かなければならないので、少しでも危険の少ない(通行止めになっている)スバルラインを歩いて降りることになった。料金所ゲートまで約16kmの道のりなので、おそらく6時間ほどで下れるであろうと予測していた。
7:00過ぎに出発してテント場から5合目売店前まで移動。風で昨日までに付けていたトレースが埋まり、やや歩きにくい・・・。そこからスバルラインを歩き出した。雪の深さはふくらはぎ~深いところでは膝下ぐらいまで。表面がクラストしているので、踏み抜くために力がいる。最初はずっと先頭から3番目で歩くが、かなり疲れる。
2007122404
五合目広場から少し下ったところ。いいお天気で眺めも抜群!

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富士山頂の方向(見えているのは、頂上ではありません)

2007122402
五合目方向を振り返る。これ以降写真を撮ることはなかった。

後ろから本体が追いついて来たところで、先頭を若い人たちに譲り後ろの方へ。かなり楽になったが、それにしてもペースが速い・・・これでは私はとても6時間は持たないと心配になる。道はとても緩やかに下っていて、感覚としては水平に歩いている感じ。歩いても歩いても高度が落ちていかない。やっと5合目から2,500m地点に到着した頃には、8:30になっていた。まだ全行程の1/6にも満たない・・・。(ここで気付くべきだった・・・1.5時間×6=9時間だということを!)それでも、高度が下がれば積雪量が減るだろうし、地図を見ると斜度も少しきつくなるようだし、少し歩きやすくなるだろう、と楽天的に考えていた。

天気はますます良くなるが、高度がまだ全然下がっていないので暑くはない。さらに歩き続ける。

4合目10:50(ほぼ4時間経過)
ここまで来た時に、足に違和感が・・・。右足の付け根がちょっと痛い。足を持ち上げるのがつらくなってくるが、20〜30cmぐらいとはいえ雪が積もっているので足を引きずるわけにはいかない。何も考えないようにして、とにかく見えている次のカーブを目指して歩いた。往きにバスで通った時には一瞬で通り抜けた道が、ものすごく長い。
2007122405
3合目13:00(6時間経過)
標高1786m。期待していたほど斜度はきつくなっていかず、ずっと水平に歩いている感覚だった。足の状態はひどくなる一方だが、全員疲労してきていいるのが分かっていたので、誰にも言わずにいた。だんだんと日差しが午後の日差しに変わりはじめた。
この辺りでバスの運転手さんから携帯で朗報が入る。バスで一合目まで上がれるかもしれない、ということだった。少し元気が出た。気持ちは元気が出たものの、全員疲労を隠せない状況になっていた。全体的にペースダウン。私にもついて行きやすいスピードになった。

2合目14:50(ほぼ8時間経過)
だんだん明るい内に下山出来ないような気がしてきた・・・。全員が疲れているので、私も足が痛いのを我慢してラッセル隊に入る。が、あまり長く先頭を勤めることが出来なかった。足はもうすごくすごくやばくて、いつ歩けなくなるか分からない状態となっていた。 16:00頃、2合目と1合目の半分より少し手前で休憩をとっていると、バスの運転手さんから連絡が入った。17:00にはスバルラインのゲートが閉まるという・・・。今までのペースを見ると1合下るのに2時間を要しているので、ものすごくぎりぎり!(大分ペースダウンしているので間にあわない可能性も・・・)急いで出発する。

1合目の看板にとどめを刺される
16:20頃に1合目の看板のところに到着。「??」思っていたより早い・・・。何故だか理解できなかった。地図上で「1合目」と書いてある場所(多分ゲートの位置)はまだ遠いはずなんだけど・・・。(あとから考えると、なんで地図を信用しなかったのかと思う) でもなんとなく「もうすぐバス!!」と思ってしまい、全体的にペースが上がってしまった。「きっとあのカーブを曲がったらバスがみえるだろう!」と思い進むが、何度カーブを曲がってもなんの気配もない・・・。疲れ果ててザックを投げ出して座り込む人が続出した。私は携帯でバスの運転手さんに連絡を取ろうとするが、相手は圏外にいるようだった。もう薄暗くなりはじめていた。もしかしたら、スバルライン料金所まで歩かなくては行けなくなるかも・・・そうなればさらに少なくとも2時間はかかる・・・。何か方法が無いか考えるが、なさけないことになにも思い付かなかった。

もうとにかく歩くしか無いので、ばてている人も歩き続ける。自分のペースでしか歩けないので、みんなばらばらになってしまった。
ついに暗くなり、とぼとぼ歩いていると、前の方から呼び声が・・・。最後の力を振り絞り急ぎ足で様子を見に行った。するとなんとバスの運転手さんが長靴を履いて歩いて迎えに来てくれていた!!ゲートまであと1km足らずということだった。後ろから来る人に大声で「あといちきろぉ〜!!」と叫んで伝えた(歩いて戻って伝える余力はなかった)運転手さんはスバルライン料金所の方達に交渉してゲートを少しの間閉じずにいてくれるよう頼んでくださっていたのだ。

1合目ゲート・・・17:10(10時間経過)
しばらく歩き、カーブを曲がったとたん、道路が除雪されていた。そして200mほど向こうにゲートとバスが見えた!!
2007122406
よろめき歩きバスに到着。荷物を積み込んで、まだ歩いている人達を迎えにいった。程なく全員がバスに乗り込み。大急ぎで発車!料金所ではみんなでバスの中からお礼を言って通過した。(料金所の方々、ありがとうございました。)

市内の大型スーパーで食料を買い込み、一路大阪へ!急いで帰っても、大阪で終電に間に合うかどうか、微妙だった。運転手さんは必要最低限の休憩のみで運転し続けて下さり、ほとんどの人達はぎりぎり終電に間に合うことが出来た。(運転手さんありがとうございました)私はちょっと間に合わなかったので、同じ方向の人と一緒にタクシーで帰った。


この山行も行く前からいろいろと心配はしていた。当初登頂を目指していたので、強風、滑落、雪崩、寒さ、アイゼンが利かない場所がある・・・などなど。でもまさか下山に10時間かかるなんて!!そんなことは全然心配していなかった。今回は富士山の大きさに、すっかりやられてしまった。

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2007年12月23日 (日)

富士山<2日目>2007/12/23

停滞
2日目は前夜から降り続いた雪がだいぶん積もっていて、まださらに降り続いていて雪崩の恐れがあったので、朝からの行動は中止。とりあえず10時まで様子見となった。

雪洞作成
9:30頃に今日の行動予定を校長先生のテントに聞きに行く。校長先生から、雪洞を作るので、直径4m高さ3mほどの雪の山を作っておくようにとの指示があり、同じテントの3人で作成しはじめる。最初は新雪をそのまま積んでいたが、はかどらないので、あらかじめ踏み固めた雪を積み上げることにする。そのうち、斜面の上から雪を落としたりして、どんどんはかどり、さらにだんだんと参加者が増え、見る見るうちに大きな雪の山が出来た。こういう作業はお腹が減るので、時々テントに戻って行動食を食べた。

梅宮辰夫漬物本舗前
2007122301 12:00過ぎには一旦雪洞作成を中断。ビーコン訓練の準備をして、ビーコンチェックをして、テント場出発。5合目土産物店前広場でグループに別れてビーコン操作練習をした。私達のグループは梅宮辰夫漬物本舗の前でビーコンを埋め、1人ずつ探す。それからゾンデニングの練習とスカッフ&コールの練習もした。雪の中では低めの声の方がよく通るということなので、なるべく低音でコールするよう心がけた。

雪洞作成の続き
テント場に戻って雪洞作成の続きを行った。先程作った雪の山を堀り、かまくら状の雪洞を作る。大きいので、真ん中に柱を立て、8人ぐらいが寝れるスペースを確保。夕食後、ここで宴会をして、寝たい人はここで寝る、ということになった。

とりあえずテント毎に分かれて夕食。今日もOさんの美味しい夕飯だった。隣のテントは盛り上がっていて、ずっと歌声が聞こえてきた。夕飯終了後、寝る支度。Oくんが雪洞の宴会をのぞきに行き、残ったOさんと私は就寝。夜中は大分遅くまで宴会が行われている気配があった。

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2007年12月22日 (土)

富士山<1日目>2007/12/22

前夜大阪を出発し、明け方河口湖畔に到着した。スバルラインの開通予定時刻に合わせて、スバルライン料金所へと移動。少し待っただけで、無事に開通してバスが動き始めた。30分程で5合目に到着。

水平方向100m足らず
2007122302
この日の五合目広場の様子


5合目では、既に売店が開き、観光客であふれていた。バスから荷物を引っ張り出し、パッキング。河口湖畔で汲んで来た8Lの水が重い・・・。どのぐらい歩くのかと思っていたら、土産物店の前を少し横切っただけで、すぐの場所がテント場だった。うっすら積もった雪の下の凍った土に鉄釘のペグを打ち込みテント設営。

雪上訓練
テント場から林道を少し歩き、木が無くなった斜面に出ると、風がかなり吹いていた。雪が風で吹き飛ばされ、ところどころ地面が露出している。雪が少しある斜面で滑落停止訓練。慣れるまでアイゼンと、ピッケルなしで訓練した。雪はまだふわふわで、そんなに滑らなかったので、何も無くてもちゃんと止まった。
慣れたところで、ピッケルを使用。左右どちらにでも転がれるよう練習した。さらに、もう少し斜度のきつい斜面に移動して、訓練。頭が下でうつ伏せに転んだところから止まる練習も行った。私はギアを多めにつけていたので、うつ伏せでは全然滑らず、ペンギンのお腹すべりのように手でこいで滑ろうとがんばったものの、結局全然滑れなかった。
最後に斜面の下で少し雪を観察したりしているうちに14:00を過ぎたので、訓練を終了。少し斜面を歩いて帰ることとなった。私は猫背で歩いているという事を指摘されたので、姿勢を正しく歩こうとがんばった。

売店で買い食い
2007122201_3 訓練終了後の自由時間を利用して、売店へ。雪が降り始め間もなくスバルラインが閉鎖される為、売店の人たちが店じまいを始めた。ヘルメット、目出帽、ハーネス、オーバー手袋・・・という物々しい格好のまま、観光客に混じって大急ぎで土産物を物色。「富士山サブレ」を購入した。店の前の自販機でHOTミルクティーも購入。
テントに戻ってミルクティーを飲んで、買ったばかりのサブレや餅を食べた。テント泊で買い食いできるなんて、新鮮だった。
お茶を飲んでまったりして、夕飯の支度。その間にも雪は降り続き、時々内側から、はたいてテントに積もった雪を落とした。食担Oさんの夕飯を美味しくいただき、19:00過ぎには就寝。夜じゅう雪は降り続き、何度も雪かきが必要だった。

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2007年11月 4日 (日)

蓬萊峡2007/11/04

初級冬山第1回実技は朝から参加した。受講生の方が準備をしている間に緩斜面にフィックスを張り、緩斜面下部に懸垂下降のセットをした。支点が心配なので、コーチの方達にチェックしてもらい、いろいろ教えて頂いた。すごく勉強になった。
蓬莱峡では支点を立木からとる場合が多いので、手持ちのアンカーテープはあっという間に使い果たしてしまった。もっと沢山用意しておかないといけないと思った。

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2007年2月10日 (土)

魔の山 氷ノ山

初級登山学校で氷ノ山へ行ってきました。

前夜遅く麓に到着し、雨の中テントをはって仮眠。朝雨は上がっていたが、泥まみれ状態でテントを撤収してリフト乗り場に向かい、8時にリフトが動き出すと同時にリフトに乗って氷ノ山国際スキー場を目指した。実はリフトは苦手で、スキーの時はいつも転んでリフトを止めているので、ものすごく緊張する。
なんとか無事に2本を乗り継ぎ、スキー場到着。ゲレンデの下の方は雪がまだらにしかなくて、お客さんもほとんどいない状態だった。
スキーパトロールの事務所に登山届けを提出して、水を汲んで、ワカンを付けて身支度して出発。
うっすら雪が積もったゲレンデのはしっこを歩いて登山口を通過、登山道に入ると少しは雪が積もっていた。ただ積雪の量はあまり多くはなく、階段の段差が埋まらずに残っており、なかなかしんどい。
階段の多い登りの後、避難小屋に到着。
ここからは、そんなにきつい傾斜はないので、安心していたのだが、気温が高いため雪がくさって足を取られるし、場所によっては、雪を踏み抜いて、ひどい時には膝上や腰近くまで埋もれ、そこから這い出す度に体力を浪費してしまう。自分の余力がどのぐらい残っているのか計算しつつ、速めに感じるペースに付いて行く。交代でラッセルをしていたので、自分が先頭の時にはゆっくりと歩いて体力の温存につとめた。
もうあと30分〜1時間でばてるかも・・・というところで、本日の目的地、古千本に到着!(助かったぁ〜)
風がやや強い中テントを張った。今回私の所属する班は、私以外は、みんなコーチなので、私がうろうろしている間に、設営は完了。
その後、本日の山行の目的である雪洞作成に向かった。しかし、積雪量が少なく、吹きだまりを掘ってもすぐに笹や土が出て来てしまって大きなものは作れず、生徒5人で思い思いに一人用の雪洞を作った。私は簡単な縦穴式。あるていど掘った後、寒いので中にしゃがんで、他の人の雪洞の完成を待った。
もはややる事が無くなってしまったので、解散となり、テントに戻る。まだ明るいが晩ご飯にすることにした。

晩ご飯は水炊きにしたが、山にはいまひとつ合わない感じだった。どちらかというとちゃんこ鍋や味噌鍋、キムチ鍋のほうがいいようだ。今後はやめようと思った。晩ご飯をゆっくりとたべたが、それでも7時ぐらいには食べ終わり就寝。
夜中は雷が何度も鳴り、風も強く、雪も降り続いた。
つづく

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2007年1月14日 (日)

比良 武奈ヶ岳正面谷

初級冬山登山学校で堂満ルンゼで雪上訓練を受ける予定だったのですが、雪が少なかったため堂満ルンゼへは行かず、ルンゼの下から青ガレの辺りでいろんな実技を体験しました。

前夜泊のため土曜日の夕方、電車に乗って比良へ向かった。私の住む京阪沿線からは、東福寺でJR奈良線に乗り換えて京都で湖西線に乗り換えていくのが、最も安く行けることにやっと気づき、そのルートで行った。
湖西線に乗って北の方を眺めると積乱雲があり、ちょっと心配になる。琵琶湖沿いに出てからは積乱雲はないものの、比良山系はすっぽりと雲に覆われていた(琵琶湖側は晴れていた)。列車に乗ってのんびり琵琶湖を眺め、ちょっとした旅行気分を味わった。

比良駅に着いてみるとやはり雨が降っていた。だいぶ暗くなった小雨の中、ヘルメットと目出帽をかぶって、ヘッドランプを点けてピッケルを持って65リットルのザックに80リットルぐらいのものを詰め込んで(というか積み上げて)、一人で比良駅からイン谷口へと向かった。
完全に山の中に入ってしまうと怖くないのだが、車が入れるような夜の山林は気味が悪い。ちょうどいろんな凶悪事件が報じられていたし・・・。やや早足で歩くが、微妙に登りなのでしんどい。
汗だくになりながらやっと出合い小屋前を通過。ここからが意外に長かった。やっとトイレ前のテントサイトに到着。すでに登山学校関係のテントが2張あった。
私の班のテントは既に張ってあったので、すぐにもぐり込み、夜食に持って来ていた肉まんをふかし、おろしうどんを作って食べた。Nコーチからチヂミもいただき豪華な晩ご飯になった。お腹いっぱいになり、幸せな気分で就寝。

翌朝は7時行動開始。
雪のほとんどないイン谷口を出発して青ガレ方面に向かった。堂満ルンゼの前をちょっと行き過ぎたあたりの斜面で、ビーコン探し訓練。交代でビーコン探し隊、ゾンデ隊、スコップ隊に別れて雪に埋められたビーコンを探した。何度も探させてもらって、だいぶビーコン操作にも慣れた。ゾンデを組み立てるのも少し早くなったが、私の持っているねじで固定する方式のゾンデ棒は、組み立てた後ねじを締めるのに手間どってしまい、自動的に固定されるものより不便であることが分かった。

次にさらに青ガレの方に向かって移動し、雪の多い斜面でみんなで一人用の雪洞を掘った。ピッケルで斜面をほどほどの大きさの穴を堀り、穴の中の壁を足でけって穴を広げ、寝れるだけのスペースを確保したらブロックで入口を塞ぐ。試しに中で横にならせていただいた。ものすごく居心地が良くて、ずっと入っていたい位だった。

今度は、また堂満ルンゼ前に戻り、チロリアンブリッジを張る練習。私がトイレにいっている間に張り終わっていたので、張り方は良く分からなかったが、1/3システムを使用しているそうだ。張ったあと、チロリアンブリッジを滑り降りさせていただけた!怖いと思っていたが、実際にやってみるとものすごく楽しかった。(ディズニーランドやUSJのアトラクションより楽しかった!)

終了後テントのあるイン谷口に戻り、テントを撤収して比良駅に戻った。往きに一人で歩くと長く感じた道のりもみんなで歩くとあっという間だった。駅前で反省会をした後帰った。

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